こんにちは(*ˊᵕˋ*)グレープです。
ご訪問ありがとうございます。
体調不良などで、人の寿命について考えさせられることってありますよね。
現在、入院中の実父に会いに行くと色んな事を思い、人間の一生についてや、いつかは誰もに終わりがくることを改めて実感したりしています。
そんなこんな様々な感情がこみ上げてくる今日この頃です…
今回は父について綴ります。
1、突然やってきた連絡
14年前、父の具合が悪くなったとの連絡がありました。
それまで父方の親戚からそのような連絡がある場合高い確率でもう手遅れの状態でしたので、そういう事かと勝手に涙が流れてました。
父方は脳や心臓の疾患でいきなりというのが多く、そういう家系だとの認識でした。
父の場合は、幸いにも母が異変に気付くのが早くて、脳出血の後遺症は残ったものの一命は取り留めました。
ただ左側に後遺症が残り、怒りっぽくなりました。
しかし、基本的には風邪もひかないような、ちょっとやひょっとでは動じない体力があります。
2、ご飯が喉を通らなくなり…
この夏、誤嚥性肺炎で再び入院しました。
この時は良くない状態と聞かされ、熱が下がらないので心配しました。
そして転院など経て現在に至るまで、体調の波はありますが、体力があるのか点滴が効いてるのか穏やかな顔でベットで横になってます。面会時はそんな感じで、リハビリの時は違うみたいですが…
3、今となれば…
若い時は好きなことをして、脳出血後は、体の不自由があっても母が「はい、はい」と何でもしてくれて、デイサービスなども嫌がらず楽しそうで、これまで良い人生だったのではないか、と私からみるとそう振り返ってます。
子供の頃の私は、父が思っている事をほとんど考えずに口に出してしまうところや個性的なファション(行きつけの妙な洋服屋さんがあったり)に不満がありましたので、それとは正反対の”真面目そうなポロシャツが似合うお父さん”に憧れてました。
昭和のテレビでありそうな、毎晩家でテレビ番組(時代劇やプロ野球)をみながら晩酌をして、時々飲みに行ってはお寿司の折箱やケーキの箱を持って帰ってきたりもしていました。当時は回転寿司チェーン店もまだない時代ですから、お寿司はお寿司屋さんだけでしたね。
大人になってから思いますのは、わりかし和気あいあいとした家庭で、正直者の両親のもとで安心して生活させてもらえたことに感謝しています。
4、私が今、思うのは…
比較的賑やかに過ごしてきた父が、晩年、寝返りもおそらく出来ず上を向いたままでベットに寝ころびながら、どんなことを思っているのだろうか…ということです。元々深く考えてなさそうなタイプでしたが…
ふと、病室の上を見上げると、病院全体を改装してきれいになった無地の白い天井で、模様が気になるとかはなさそうです。
認知症の薬も服用していたぐらいなのでなんにも考えてないのか…
大好きな食べることもテレビを見ることも、ウケ狙いのたわいもない冗談をいうこともできず…
これまでの人生をふりかえったりとかするのかな…、なんて考えてしまいます。
現在、夏から秋に変わり、この2ヶ月あまりで声がかすれて、筋肉が落ちていき骨が浮き上がるようになり、命のともしびが細くなっていくような状態を目の当たりにしています。
段々寝ている時間も増えてきています。
先日も呼びかけないと目が閉じて寝てしまいます。
父の病院に行った後は、なんとも言えない言葉にならない気持ちになり、体も重くなります。
5、父から学んだことは…
『情が湧いてもハンコは押してはいけない』と、いうことです。
現代においても、情に流されることなく、法律でも自分軸でも良い悪いの区別をハッキリさせることが大事だと考えます。
保身にも繋がりますね。
6、終わりに
限りある両親との時間、大切にしたいです。
写真の白いダリアの花言葉は、『感謝』です。
好きな花のひとつであるダリアで感謝の気持ちを表したく選びました。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。